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人の本音は、痛快なまでに浅ましい 筒井康隆「農協月へ行く」(角川文庫)

筒井文学は本音の文学

人は、本音と建前を使い分ける生き物だ。

どんな立派な建前を見せていても、本音では汚いことばかり考えている。そんな人間はいくらでもいる。

とはいえ、他人の本音が見えることはなかなかない。だからこそ、人は円滑な社会生活を送れるのだろう。

筒井康隆が面白いのは、普段は見られない汚い本音が見える様子をコミカルに書いているからだと思う。

この本と作者について

この短編集「農協月へ行く」には、強烈な毒を含んだドタバタコメディが7編収録されている。

作者の筒井康隆は、SF作家と言われることが多い。

ある時期からは実験的な純文学を書いているし、初期のSF作品もブラックな作風が多くて、一言では語れない作家なのだけれど。

出てくるのは俗物ばかり

この本には、英雄も聖人も出てこない。

出てくるのは、宇宙船でバカ騒ぎをする成金の農民(『農協月へ行く』)。自国が沈んで困り果て、乱闘までする各国の首脳。外国人の弱みにつけ込む日本人(『日本以外全部沈没』)。欲のカタマリで大悪党の医者(『村井長庵』)。その他、俗物、難物、小人物。

筋書きも独特だ。物語はカオスへと爆走していき、ブラックなオチで幕を閉じる。

最後の一文でのヒネリが効いた表題作「農協月へ行く」と、小松左京日本沈没」のパロディ「日本以外全部沈没」は言うまでもない。

例えば、ラジオ局のストで職員がいなくなって課長が放送をする様子を描く「経理課長の放送」。放送をそのまま文字に起こしたような形式で、混乱を極めていく展開が爆笑を誘う。

あるいは、カトリックの禁欲的な女性に、突如として快感が復活する「信仰性遅感症」。途中から登場するファーザー(神父)の俗物ぶりもなかなかにヒドくて笑える。

最後に

文庫本での扇田昭彦さんによる解説で、筒井康隆による「真実の文学」という文章が引用されている。元は1977年の「別冊奇想天外」第三号に載った文章らしい。

「人類はみな平等。愛。「わたしは嘘を申しません」。性善説。「戦争はご免だ」。まごころ。先人を敬まおう。不幸な人に愛の手を。

こういうものはみんな嘘であり、それを嘘と認識したところからドタバタ、スラップスティック、ハチャメチャSFは始まる。(以下略)」

(注:文中の「嘘」という字は原文では「噓」だが、環境依存文字だったので改めた)

取りつくろった建前を剥ぎ取り、身も蓋もない本音を暴き出す。

筒井康隆のドタバタSFは、そんなところに面白さがあるんじゃないか。

今の時代こそこういう本が必要だ、と思う。

 

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