祝50周年&リイシュー!!デヴィッド・ボウイ「世界を売った男」レビュー
祝!「世界を売った男」50周年!
デヴィッド・ボウイのアルバム「The Man Who Sold The World(世界を売った男)」が、50周年記念にオリジナルのタイトルとアートワークでリイシューされた。
元々「Metrobolist(メトロボリスト)」というタイトルで出る予定だったが、レコード会社がボウイの許可なく変更したという。
今回のリイシューでは、当時のプロデューサーであるトニー・ヴィスコンティがリミックスを手がけた。
どんなアルバム?
このアルバムは、1970年にリリースされた、ボウイのサードアルバムだ。
それまでのアルバムはサイケポップやフォークの要素が強かったが、このアルバムでは「The Hype(ザ・ハイプ)」というバックバンドと共に作り上げた、ロック色の強いサウンドが聴ける。
バンドのギタリストは、その後しばらくボウイの右腕として活躍するミック・ロンソンだ。ベーシストはプロデューサーのトニー・ヴィスコンティ*1だが、次回作からは参加していない。
アルバムの感想
音自体は、ブルースロックを基調にフォークやサイケも入ったハードロック。
ヘヴィなサウンドだけど、ディープ・パープルのような分かりやすい激しさはそんなにない。
グラムロック*2の影響を受けていると言っても、派手でノリノリのロックンロールという感じはあまりしない。
呪術的で、浮遊感があって、そして陰鬱。中世ヨーロッパを思わせる感じもある。
けだるげなメロディと生々しいギターサウンドは、90年代のオルタナ*3を先取りしたようにも感じる。ニルヴァーナがMTVアンプラグドで「世界を売った男」をカバーしたのは有名な話。カート・コバーンが好きなアルバムに挙げてたとか。
各曲の紹介
1曲目「The Width of a Circle」
いきなり8分の大曲。ミドルテンポのハードロックの前半部と、跳ねたリズムの後半部からなる。どちらのパートも優雅なイントロが入り、ミック・ロンソンのギターソロがフィーチャーされている。ドラムもパワフルだ。
ライブではソロが延長されることもあり、さらに強烈な演奏になっている。ライブアルバム「Live Santa Monica '72」での、鬼気迫る勢いのバージョンは必聴。ドラムの迫力も増している。
2曲目「All The Madmen」
フォークとハードロックが合わさったような曲。アコギと歌が主体の演奏に途中から入ってくるヘヴィなギターもいいが、リコーダーが何とも言えないメランコリックな雰囲気で、それもまたいい。
3曲目「Black Country Rock」
T-REXを意識したというブルースロック。ボウイのボーカルはマーク・ボラン風にビブラートを効かせ、ミック・ロンソンのギターはブルージーなリフを奏でる。ヘヴィなリズムを刻むドラムも心地よい。
4曲目「After All」
ダウナーなフォーク風の曲。静かなボーカルに呪術的なコーラスが特徴。伴奏はアコギが中心。終盤に入るシンセが少し不気味な感じでいい。
5曲目「Running Gun Blues」
比較的明るい曲。タイトルに「ブルース」とあるがどちらかというとヨーロッパ的な雰囲気。コーラスのつけ方がそう感じさせるのかな?
6曲目「Savior Machine」
ヨーロッパ的な要素の強い曲。3拍子のリズムはワルツにも通じる。雰囲気はゴシックっぽい。アルバムの最初の3曲や、この次の「She Shook Me Cold」などと同じくヘヴィな曲。
7曲目「She Shook Me Cold」
クリーム*4とかブラック・サバスっぽい曲調のヘヴィロック。ミック・ロンソンのギターだけでなく、ベースとドラムも暴れ回っている。間奏では激しいジャム風の演奏が聴ける。
重さでは80年代のメタルや90年代のオルタナにも負けてないと思う。後のドゥームメタル*5やストーナーロック*6にも通じる重苦しい陶酔感が味わえる。
8曲目「The Man Who Sold The World」
ニルヴァーナがカバーしたことで有名な曲。ハードロックっぽいアルバムの中では異色な感じもする。オリエンタルにもゴシックにも聞こえるリフが特徴。歌詞はドッペルゲンガーのことを歌っているらしい(すみません、ちゃんと読んでないのでわかりません)。
9曲目「The Supermen」
エンディング曲。原始的とも思える力強いリズムのリフに、壮大なメロディと儀式を思わせるコーラスが乗る。アルバムの中では明るめに聞こえるが、明るさの中にも力強さがある。
好きな曲
まず、ミック・ロンソンのギターが光る「The Width of a Circle」、「Black Country Rock」、「She Shook Me Cold」。
リフの良さでは「Savior Machine」、「The Man Who Sold The World」、「The Supermen」も負けてない。
「All The Madmen」「After All」「Running Gun Blues」は、ボウイの歌唱と作曲の幅広さがうかがえる。
・・・あれ?全部!?
まとめ
捨て曲なしの名盤。
アルバムの構成、個々の曲、演奏、そしてもちろん歌唱、どれを取っても素晴らしい。
ヘヴィでバラエティに富んだサウンドで、デヴィッド・ボウイのファンはもちろん、メタルファン、プログレファン、そしてオルタナのファンにもおすすめ出来る作品。
今回紹介したアルバムはこちら
人の本音は、痛快なまでに浅ましい 筒井康隆「農協月へ行く」(角川文庫)
筒井文学は本音の文学
人は、本音と建前を使い分ける生き物だ。
どんな立派な建前を見せていても、本音では汚いことばかり考えている。そんな人間はいくらでもいる。
とはいえ、他人の本音が見えることはなかなかない。だからこそ、人は円滑な社会生活を送れるのだろう。
筒井康隆が面白いのは、普段は見られない汚い本音が見える様子をコミカルに書いているからだと思う。
この本と作者について
この短編集「農協月へ行く」には、強烈な毒を含んだドタバタコメディが7編収録されている。
作者の筒井康隆は、SF作家と言われることが多い。
ある時期からは実験的な純文学を書いているし、初期のSF作品もブラックな作風が多くて、一言では語れない作家なのだけれど。
出てくるのは俗物ばかり
この本には、英雄も聖人も出てこない。
出てくるのは、宇宙船でバカ騒ぎをする成金の農民(『農協月へ行く』)。自国が沈んで困り果て、乱闘までする各国の首脳。外国人の弱みにつけ込む日本人(『日本以外全部沈没』)。欲のカタマリで大悪党の医者(『村井長庵』)。その他、俗物、難物、小人物。
筋書きも独特だ。物語はカオスへと爆走していき、ブラックなオチで幕を閉じる。
最後の一文でのヒネリが効いた表題作「農協月へ行く」と、小松左京「日本沈没」のパロディ「日本以外全部沈没」は言うまでもない。
例えば、ラジオ局のストで職員がいなくなって課長が放送をする様子を描く「経理課長の放送」。放送をそのまま文字に起こしたような形式で、混乱を極めていく展開が爆笑を誘う。
あるいは、カトリックの禁欲的な女性に、突如として快感が復活する「信仰性遅感症」。途中から登場するファーザー(神父)の俗物ぶりもなかなかにヒドくて笑える。
最後に
文庫本での扇田昭彦さんによる解説で、筒井康隆による「真実の文学」という文章が引用されている。元は1977年の「別冊奇想天外」第三号に載った文章らしい。
「人類はみな平等。愛。「わたしは嘘を申しません」。性善説。「戦争はご免だ」。まごころ。先人を敬まおう。不幸な人に愛の手を。
こういうものはみんな嘘であり、それを嘘と認識したところからドタバタ、スラップスティック、ハチャメチャSFは始まる。(以下略)」
(注:文中の「嘘」という字は原文では「噓」だが、環境依存文字だったので改めた)
取りつくろった建前を剥ぎ取り、身も蓋もない本音を暴き出す。
筒井康隆のドタバタSFは、そんなところに面白さがあるんじゃないか。
今の時代こそこういう本が必要だ、と思う。